
よくある質問
劇団ぎょう座の監督である和田昌俊に質問コーナー

劇団ぎょう座を設立した理由
純粋に「演技が好き」「映像作品を作ってみたい」そういう人たちが集まって作品を作れる
そして「映像作品で社会貢献ができる」
そういう場所が一つくらいあってもいいんじゃないかなと思いました
純粋に、という部分が特徴的です
ほとんどの映像制作集団は収益化や映画祭での入賞を最終目標にしています
そのために、人気のあるジャンルばかり制作したり、批評家ウケのいいテーマやSNSのフォロワー数の多い人を優先して出演させることなどを意識しています
劇団ぎょう座は収益化や映画祭の入賞を最初から目標にしていません
そのため、自由な映画制作ができています
SNSのフォロワー数で出演者を決定することもありませんし、批評家ウケの悪いテーマであっても気にすることなく映画を制作しています
例えば、YouTubeで人気が出るためには「同じようなジャンルの動画を連続して投稿する」「10代の男女が出演している」「間を置かずに映像やセリフを繋ぐ」「冒頭にショッキングな映像を流して視聴継続を促す」などのテクニックが奨励される場合がありますが、劇団ぎょう座は収益化を意識していないので、映像制作の自由度が高いです
劇団ぎょう座の作品が個性的な映画が多いのは自由だからです
純粋で自由な気持ちだけで映画を作っているので、他では見られないような個性的な作品が多いです

劇団ぎょう座の存在意義は?
「映像作品で社会貢献すること」を重要視しています
そして「10年後や20年後もだれかの心に残るような作品を作る」ことを意識しています
映像作品が大量に生産・消費される現代において、映像制作をする意義とは何か?を考えたときに、和田昌俊は社会貢献が重要な役割だと考えています
ただの自己満足や何かの宣伝のためだけに映像制作をするのではなく、社会貢献を指標としています
そのため、商業作品では企画が通らないような社会問題を扱った作品を作ることが可能です
視聴回数が少ないことが予想されるようなテーマであっても、社会貢献に繋がると考えて積極的に取り扱っています
そのためには、映像制作を続けるためにボランティアで、なおかつ低予算で作り続ける必要があります
協力してくれる方の努力に報いるためにも10年後も20年後も誰かの心に残るような作品にすることを意識しています
普遍的な作品作りになるように流行を追うようなことをしていません
そして映画は娯楽であるという信念に基づいて、楽しめるように意識しています
難しいテーマや社会問題であっても映画を通して鑑賞者の感情を揺り動かすように作っています

絵コンテなぜ描くの?
昔、海外ドラマに出演した時に見せていただいた絵コンテを参考にしてます
絵コンテがあることで俳優さんが自分の身体のどこからどこまで映るのかが明確にわかりますし、無駄なカットを撮らなくてすむし、カメラの動きも考えて絵コンテ書いてるので、現場で悩む時間がなくてすむんですよ
そして何よりセリフを覚えるのが最小限で済むので役者さんの負担が少ないんですよね
そのカットで使われてるセリフだけ覚えてればいいわけですから
事前に絵コンテを送ることで、あっここのシーンはここまでセリフを覚えてればいいんだなってわかるし、最悪この辺にカンペ仕込めるなあとか考えられるから、役者さんにとっても楽かなあって思ってます
そして使うカットが決まってるのであとはお芝居だったりライティングだったりもろもろをテイクを重ねることでブラッシュアップしていけるんで、短い時間でクオリティを上げることができるなあって思ってます
さらにカメラマンの人がどういうカメラワークなのかが事前にわかってるので準備が楽かなあって思ってます
もっと言っちゃうと、最悪ぼくがいなくてもどうやって撮ればいいかわかるのでぼくの身になにかあっても作品を完成させられるかなっていう保険でもありますね
脚本段階では描ききれなかった情報とか追加キャストや追加のセリフやアドリブとか細かい演技の指示なんかも絵コンテで情報共有できるので、映像だけでは説明不足だった部分も絵コンテをみるとわかることもあるので、ぜひ映像作品を楽しんだあとは絵コンテも見てみていただけると新しい発見があるかもしれません
カメラワークもちゃんと理由があってあえてそういう動きにしてるっていうことが書いてあったりするので、絵コンテをご覧になってみていただけるといろいろわかることもあると思います(例えば『わたしの帰る場所』という作品は下から正面までという動きばかりにあえてしてるんです。主人公の女の子を見守るお父さんの幽霊の目線なんですよ。ラストカットでは成仏できたので主人公の目線つまり正面から上に上がるカットになっていたりします。色味も薄かったのが、ラストカットだけカラフルになっています。こういうことは脚本ではかけないので絵コンテでこのカメラの動きは亡くなったお父さんなんだよということがわかるようになっています)

撮影でのこだわりって?
役者さんが魅力的に見えるように映すことに一番こだわっています
映像作品としてのクオリティよりも役者さんが魅力的に映っているカットの方を採用してます
なので映像作品としてはカメラの動きだったり細かいところが不安定な画面になってることもあるんですけど、役者さんの表情だったりがいかに魅力的に映っているかにこだわって撮っています
だからぎょう座の作品は顔映りが多い映像ばかりになっています
ほぼ必ずカメラ目線の顔のドアップがあります
決めショットって呼んでるんですけど、そこだけは毎回こだわって撮ってます
じつはぎょう座の作品は後ろ姿とかがほとんど出てこないんですよ
できるだけ役者さんの顔を映していて、それも可能な限り正面から捉えるようにしています
さらにいろんな表情を一つの作品で見れるように工夫して撮影しています
例えば笑顔だったり悲しい表情だったりが一つの作品の中でハッキリと映っているようにこだわって撮影しています
そのほうが役者さんの魅力が引き出せると思うからです
だからぎょう座の作品は感情の切り替えが多いからそういう意味では演じるのが難しいかもしれませんね
でも感情表現が上手く映るようにアドバイスしてますし、うまく撮れるまでテイクを重ねるようにしています
だから極端な話、和田昌俊が1人で映っているシーンはこだわらないのでワンテイクで済ませちゃうことが多いです
いちばんこだわっていないのは和田昌俊1人だけのカットですね
映ってりゃいいやくらいの感覚

変態ものが多くないですか?笑
変態ものが多い印象はコメディ作品のことだと思うんですけど
劇団ぎょう座ではシリアスな作品も作っています
できるだけ交互になるように作っているんですけど、シリアスな作品ばかりにしないのには理由があって
ぎょう座の作品のコンセプトを考えた時に、能を参考にしました
昔、能をやっていたんですけど、能って一日を通してプログラムを組むんですよ
午前中はこういう作品を演じて、午後はこういう作品を演じるっていう大まかなくくりがあって、例えば幽霊が出てくる作品は夕方から日没にかけてやるっていう伝統があるんです
そしてその幽玄な世界の合間に狂言っていうコントみたいなコメディ作品を挟むんですよ
ぼくはこのシリアスとコメディを交互にやるスタイルが日本人の昔から馴染みのある飽きないプログラムであり、とても贅沢なコンセプトだと思うんです
だからぎょう座の作品は幽霊が出てきたり幽玄な世界観を表現していますが、コメディ作品も作るようにしていて、重い作品ばかりにならないようにしています
決して変態ものばかりではなくって、社会問題を意識したシリアスな作品も作っていますので、ぜひいろいろ試してみていただけたらと思っています

劇団ぎょう座の名前の由来は?
劇団の名前で「○○座」と最後につける慣習があります
ほとんどの名前はすでに既存の劇団が使っていました
劇団ぎょう座は他にはない個性的で自由な映画を作りたいと思っていたので、名前も個性的で自由につけようと考えました
そこで餃子にしました
餃子は一般的な食べ物ですし、焼いても揚げても茹でても美味しく食べられて、なおかつ誰かとシェアしやすい食べ物です
大抵の映画制作集団は若い女性にウケが良いようにカタカナや英語のカッコいい名前を使います
和田昌俊は特定の性別や年齢層だけに絞ったアピールは考えていません
全世代に馴染みのあるものにしたいと思いました
カッコいいイメージよりも親しみやすいイメージを意識しました
ぼくは餃子を食べたことがない人には出会ったことがありません
そして、餃子が嫌いだという人にも出会ったことがありません
誰からも愛されて馴染みのある劇団にしたいと考えたとき、餃子が最適だと考えました
舞台が活躍の場ではなく、映画なのに劇団という名称を使おうと思ったのには理由があります
映画制作の場合は基本的に作品ごとに毎回違う人物がキャスティングされます
ですが、同じ出演者が作品ごとに違う役を演じるのを観るという楽しみ方もあると思いました
前作で善人だった人物が次作で悪人を演じたり、同じ出演者だからこその作品の楽しみ方ができると考えました
そのため、基本的に馴染みのある出演者で作品を作り続ける劇団という形態を意識して劇団という名称を使っています

脚本で意識していることは?
劇団ぎょう座の作品の脚本はすべて和田昌俊が書いています。一部の作品で原案や脚本が別の人物によるものであっても基本的にすべて和田昌俊が脚本の最終稿を書いています
和田昌俊は劇団ぎょう座の熱狂的なファンでもあります
ですから自分自身を「劇団ぎょう座の熱烈なファン」という目線で脚本を書いています
マニアックな小ネタを仕込んだり(過去作品に登場した小道具が別作品の意外なところで再登場したり)、伝統のお約束ネタ(ビンタ芸)を仕込んだりしています
歴代の作品を鑑賞しているとわかる「つながり」を作品に散りばめているのはそれが理由です
他にも、じつは同じ名前の登場人物を起用していて、時系列を想像してもらえるように作ったりしています(演じている役者さんは別人でも役名は共通していたりします)
そういった遊び心やメタ的な要素が好きなので、劇団ぎょう座の作品では積極的に取り入れています
もちろん、作品単体でも十分楽しめるように基本的に連続モノは作っていません(作品の世界観が繋がっていることはあります)
自分の立場を劇団ぎょう座の熱烈なファンに置いているからこその発想です
次の作品を心待ちにしているのは和田昌俊自身でもあります
だからこそ劇団ぎょう座の作品は継続的に鑑賞を続ける楽しみがあると思っています

次の世代に何を残したい?
日頃から、自分が属する今の世代だけでなく、次の世代の事を考えるようにしています
次の世代に幸せになってもらうために、今の世代として何が出来るのかを考えています
劇団ぎょう座の映画はボランティアの方達に集まっていただいて、低予算で高いクオリティの映画制作を目指しています
劇団ぎょう座のオフショットやNG集や撮影風景を見れば、どうやって低予算で高いクオリティの映画制作をしているかがわかるようにしています
例えばカメラの移動撮影のために高いレールを買わなくても、ダンボールを繋げて敷いて代用すれば用が足りる事がわかります
使用料金の安いスタジオや公民館で撮影をしますが、撮影の仕方や編集の仕方で家の中のように見せることが出来ます
次の世代の人が「映画が好きで自分でも撮りたいけれどお金が無い」とあきらめるのではなく、劇団ぎょう座の映像作品やオフショットなどを参考にして「こうすれば低予算でも作れる」と先に進むヒントにしてほしいと願っています
これも社会貢献の一つだと考えています